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林さんはどんな人だろうか? その本をすぐ買えないだろうか。
今までは箸に関する本の著者、清水先生、橋本先生、小倉さんの3人にお会いすることが出来た。
そして3人同時に集まるときもでき、それぞれの専門の立場からの「取り箸論議」は大変面白かった。
しかし、林さんの本は絶版とのことだった。
もう本人に会うのをあきらめ、堀さんの送ってくれたコピーを再コピーして人に渡したこともあった。
しかし、2年半後の’07年1月15日になって出会いの機会は突然やって来た。
20年以上前に私と堀さんの縁を作ってくれた塩原さんという人が、我が社を訪ねて来てくれたのである。
インテリアデザイナーの岡部さんという女性を連れて…。
2人に箸の話をしていると、岡部さんが「箸なら林さんという人が…」という。
私が「この林さんのことですか?」と堀さんが送ってくれた「箸と風呂敷と猫」の本のコピーを見せると、
岡部さんはどうも親しい友達のようだ。
「ぜひ会えないだろうか?」とお願いした。
その後、岡部さんから
「林さんに連絡しましたが、あくまで個人情報保護法の問題もありますので本人から連絡あるかもしれません」とのこと。
そしてすぐ林さんからメールが来た。あとは日程調整の問題である。
どうも忙しい人らしい。私だって忙しい。そのままになっていた。
1月31日のこと。箸の会報1号の完成も間近になり、急遽この件で、編集の上野さんに夕方1時間だけ新橋で会うことになった。
この時、田中さんの意見も聞きたかった。
田中さんは小企業を一部上場企業にして、社長、会長の経験もあり、大きな流れから大切な意見を言ってくれる人である。
新橋でそのあとの時間をどうするか。
林さんを思い出し、すぐ岡部さんに電話しておいたのである。
夕方になって岡部さんから携帯に「林さんは重要な〆切原稿があるが、短期間で神楽坂でなら…」ということになり、
田中さんと毘沙門天でお参り後、4人でカウンターで話すことが出来た。
その結果、私と田中さんは、林さんから「叱られ、励まされ、教えられた」結果と相なった。
まず叱られた。
「(自分の)箸を持っていないんですか?」と言われ、しまったと思った。私も田中さんも持っていなかった。
「実は友達が作ってくれた110年前のすず竹の箸と別の友達が作ってくれた革の箸入れをなくしてしまった」と言い訳をした。
数日前から、いつもかばんにこれを入れていたのだが、ない。自宅と仕事場を探してみたがない。落とした可能性が強い。
「マイ箸の人はなくしてこそ一人前。私はマイ箸歴20年だが、なくしたことが20回位ある」と励まされた。
この言葉でホッとした。
2人の作ってくれた友達になくしたことを隠し通そうか、正直に言ってあやまるか悩んでいたのである。
林さんを例にしてあやまろうと決心がついた。
一件落着!!
そして次にビックリ仰天した!!
まさにビックリ仰天という言葉がピッタリだ。彼女が使っていた箸の説明を受けた時である。
私が考え抜いて夢を描いて、落書きをし、箸仲間に説明した箸だったのである。
それは持つ部分と先の使う部分をつなぎ式にし、持つ部分の中に使う部分を収納する箸だったのである。
言わば、万年筆や筆ペンみたいな構造である。
つなぐ部分だけISOみたいに世界標準にしたかった。
持つ部分だけを作る人と使う部分だけを作る人を別にすれば、まさにデザインが得意な人と機能が得意な人とそれぞれもち味を生かせるのだ。
一方、田中さんの方にもビックリ仰天があった。
実は絶版になっていた彼女の本を昨日ネット通販で取り寄せていたのである。まだ開いていないという。もちろん私も見ていない。
前日取り寄せた本の著者に偶然会えたのである。
まだある。田中さんは彼女の幼稚園の先輩だったとか。
私も田中さんも毘沙門天でお参りした価値があった。
私は酔ってしゃべり続けたが(何をしゃべったかは憶えていない)
さすが年長の田中さん「このへんで…」と帰るタイミングを作ってくれた。
そして彼女がデザインした笑点のカレンダーをお土産にもらってお開きとなった。
田中さんも私も年令や人生経験も2人より上のはず。
次は我々がどう「叱り、励まし、教えるか」が問題。
それとも単なる従順なおじさん(おじいさん)として話すか?
平成19年3月 小宮山記
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